喪中ハガキについて考える
今年五月に、義父が亡くなったので、12月にはこれまで年賀状を出していた人に喪中ハガキを送ることにしています。しかし、年賀状を出さないという断りに、喪中ハガキを出すという習慣は、どこから来ているのでしょうか。
これまで、この習慣を無批判に受け入れて従っていました。しかし、考えてみると年賀の挨拶も、新年だからといってみんながみんなめでたいわけでもなく、たぶんに儀礼的なものです。その挨拶を年賀ハガキでしないかわりに、喪中ハガキを出すというのも、どうももう一つ納得ができない習慣です。
関連サイトを調べてみると、「喪中はがきとは、近親者で1年以内に不幸があった場合に、故人に対する生前の厚誼に感謝するということと、1年間は喪に服しますので、慶事を避け年始挨拶を避ける(=年賀状は出しません)ということを知らせる年賀欠礼の挨拶状です」と記されていました。
この習慣は、1年間喪に服するとか、慶事をさけるとかありますから、おそらく仏教から発生しているのでしょう。仏教でも宗派によって違うらしいです。また、他の宗教、例えば、キリスト教では死を忌むという考えがないため、近親者の死があろうとなかろうと、クリスマスカードを交換するそうです。
近親者がなくなったことを悼むのは、心からのものであり当然ですが、だからと言って、日本的、仏教的な習慣に押し流されるように、当たり障りのないように従うわなければならないのかどうか、改めてその理由を問い詰めてみると、少し迷ってしまいます。でも、あまり突き詰めて考えると、毎年、年賀状を出すことについても、検討しなおしてみなければならないようになりますね。
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