引き続き、『カイロプラクティック概論』を読みながら、カイロプラクティックの源流をたどっていきます。
前記の古代エジプトやメソポタミアなどの医術がB.C.2000年頃にギリシアに渡ったと伝えられている。
そのギリシアには医術の神とされるアスクレピオスが現れる。彼の父であるアポロ(Apollo・ギリシア神話に登場する神で音楽・弓術・予言・医術の神)は、かつて居住し古代ギリシア人に神託を与えていた場所といわれるデルフォイ神殿をアスクレピォィアと改称し、ここを主院とし、ギリシア各地にその分院を設置して、医療活動を行なったと伝えられている。
このアスクレピオス(Asklepios医術の神、起始回生の術をよくしたと伝えられている)の子孫が、B.C.1200~700年頃各地にアスクレピオス寺院を建てて、そこで医療活動を行なった。中でも、西アジアのコス島やクニドウス島のアスクレピオス寺院が有名であり、医学校も設立されたといわれている。
ここまでは、どこまでが神話で、どこまでが現実にあった話か区別がつきません。神の子孫は、人間になったのでしょうか。
その設立地の一つであるコス島に、後世「医学の父」とか「医聖」と尊称されるヒポクラテス(Hippokrates B.C.460~375年頃)が誕生する。
ヒポクラテスは、やがてエジプトのアレキサンドリア医学校で、迷信を排して観察や経験を重んじたところの医学を樹立する。古来の治療の中より呪術的要素や空想的理論の部分を排除し、事実直視(観察)によって病気の症状や経過を記録し、それに基づいて研究し、新しい独自の医学観を構築し、現代医学の基礎を樹立した。
古来の治療法にあった呪術的要素や空想的理論を排除して、事実の観察から医学を出発させたわけですね。
ヒポクラテスは「人間には、自ら病を癒やし、健康を復元し、その健康を維持していく生命力(ポノス Ponos)があり、医師はその自然の力(ポノス)を補佐するのが本来の仕事である」とし、病気の状態から健康体へ回復しようとする力をフィジス(Physis)と呼び、病気の治療には、このフィジスの働きを妨げないことを治療の原則とした。
このフィジスの働きを生かすかどうかという点については、病気の原因への攻撃が、自己回復力を抑えることになることもあるようで、簡単ではないようです。
また病気に対してはその原因を探求すること、その病気の本態を知ることが、将来の医学のあるべき姿とし、彼自身病気の原因を見出すべく数多くの研究を行なった。その研究を記録した彼の医学書の中に、カイロプラクテイコス(手の医学)に関して多くの記載があり、骨格の異常によって、いろいろな病気が生ずることが述べられている。
ヒポクラテスが書きのこしたと言われる骨格の異常が病気をもたらすという考え方は、どのようなものなのでしょう。椎骨の変位による神経圧迫によって病気になるとするカイロプラクティックの哲学とよく似ていますが、どういう関係になっているのか、興味が湧いてきますね。「医学の父」と呼ばれるヒポクラテスも、そうはいっても2400年近く前の人ですから、当時の医学をそのまま受け入れるわけにもいかないでしょう。
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